ウ ポ ポ ・ リ セ ~アイヌ民族の歌と踊りについて~

 

歌と踊りの種類・意味

 アイヌ民族の歌と踊りには、さまざまなものがあり、北海道の中でも地方地方によってさまざまな違いがあります。

 ここでは、特にお祭りやお祝い、儀式、宴会など、人々が集まった時に行なわれるもので、この「チャランケ祭」で披露される歌と踊りを中心に解説したいと思います。

お祭りのときなどにやるような「踊り」のことを、北海道の多くの地方では「リセ」と言い、歌のことは「ウポポ」と言います。

 ですが、この「ウポポ」は、帯広や旭川などの地域では、「歌」と「踊り」の両方を含んで指すものだったと言われています。それは、もともと歌と踊りが、本来は不可分・一体のものであると考えられていたからでしょう。

 宴がたけなわになると、自然にみんな立ち上がり歌や踊りが始まります。

 アイヌ民族の歌踊は、太古の時代から、アイヌ民族が狩猟採集で自然から糧を得ていた生活から生まれたものと言われています。アイヌの歌舞はそのような自然と人間の関わりの中で磨きをかけられ、現代に伝えられてきたものです。

 そのためか、鳥や動物など、生きものの動きを模した踊りが多数伝承されています。ほかにも、土を耕す動作や、種まきや収穫などの農作業を踊りにしたもの、臼をつく動作を取り入れたもの、風に揺れる草木の動きなど、人間の生活や自然に密着したものが多いのです。

 上にあげた踊りは、本来女性が踊るものですが、男性の場合、獲物を求めて山野を歩き鳥を射ようとする狩人の踊りや、勇壮な「剣の舞い」がよく踊られます。向かい合った二人の、力強い足踏みや掛け声、刀をぶつける動作は、魔を祓うためのものと言われています。

 アイヌ民族の歌に特徴的なのは、非常に短い歌詞と節まわしの繰り返しが多い、ということです。歌詞はもちろんアイヌ語ですが、ほとんど意味の取れない掛け声のようなものが歌詞になっているものが非常に多いのです。

 

■アイヌ民族にとっての歌・踊り

 歌や踊りを含むアイヌ民族の文化は、アイヌ民族が日本社会に組み込まれていく近代の歴史の中で大きな変容を受けざるをえませんでした。

 本来はコタン(集落・村)のみんなが参加し、踊る側と見る側の区別なく楽しむものだったアイヌ民族の歌舞も、近代になって、北海道各地の観光地で披露されるようになりました。現代伝承されている舞踊も、その大きな影響を受けていると思われます。

 そして、そのような歌や踊りをみんなで楽しむ機会が少なくなり、歌や踊りのできる人が減っていく中で、多くのものが失われてしまいました。

 一方で、そのようなアイヌ民族の伝統舞踊を受け継ぎ、未来に伝えようとする努力が、多くの人々によって地道に続けられてきました。現在、北海道各地の保存会やアイヌ民族団体によって、アイヌ舞踊を継承・発展させる活動が行なわれ、お祭りや文化祭、イベント、集会等で日頃の練習の成果を披露しており、近年その動きはますます活発になりつつあります。

 また、関東に住むアイヌ民族の間でも、アイヌ文化を継承しようという活動が行なわれています。

 

*チャランケ祭第4回パンフレットより 文:大野徹人(ペウレ・ウタリの会)